2005年09月12日

ホワイトバンドデー☆9・10

P5150007.JPG

9・10 ホワイトバンドデーが開催されました。


どんなイベントだったのかはコチラを見て下さい。


派手なイベントは個人的には好きではありません。

東京タワーのライトアップも電力問題を考えるとどうなのかな、、、とも思ってしまいますが、ホワイトバンドに託した思いを広く伝えるために熟慮してとったベストな方法なのでしょう。

ホワイトバンドに託した思いを形にしようといったある取り組みは、見ていてちょっと胸が熱くなりました。見たいかたはコチラ

「思いを言葉にしよう。行動に移そう。伝えるために。」そのとおりですね。
画像はコチラ

私はイベント参加はしませんが、参加の意味をこめて、貧困についての考えを自分なりに少しだけ表現したいと思います。(全部書いちゃうと膨大な量になってしまうので)


私が始めて世界の貧困について知りたいと思ったのは、小学校3年生ごろのことでした。

当時、私はなんとなく入会していたボランティア団体で手作りの人形劇をしていて、定期的に福祉施設を訪問していました。

子ども心に「楽しかった」「ありがとう」とお年よりや障がいをもつ人たちが感動してくれることを「うれしい」と感じていました。

もちろん、まだ子どもだった私は「可愛そうな人の役に立たなければいけない」「可愛そうな人に優しくしてあげたい」「助けてあげたい」という素直な気持ち、見方によっては偽善の気持ちで関わっていました。


その団体で、ある時、募金活動をすることになりました。

京都の四条にあるデパートの真ん前で募金箱をもち大声をあげて「愛の手を!」「御協力お願いします!」とお願いしました。

通行人は皆忙しそうで、多くの人が素通りしていきます。

「募金してもきちんと使われないこともあるんだよ」なんて教えてくれる人もいます。

「お金なんていれちゃダメ」と子どもに注意する親もいます。


最初は恥ずかしかったのですが、次第にお金を入れてくれないことが辛くなってきました。

「100円くらい入れてくれたっていいのに!ケチなんやろか、、、」


もちろん、協力してくれる人たちもたくさんいました。

子どもにお金を持たせて「入れておいで」と声をかける親。

「寒いのになあ〜がんばってな」と励ましてくれる人。

一万円札を入れてくれた人にはとてもビックリしました。

nobi_ushi.gif

世の中にはいろんな大人がいる。

単純ながら、自分は絶対にこういう親切な大人になりたいと思いました。

当時の私は自分がしている活動の意味なんて何もわかっていなかったのですが、これをきっかけに「自分が集めたお金はどこにいくんやろ」と気になり始めました。

一旦気になると、テレビや本でそういった関係のものを見つけるとつい手にとってしまいます。こうして、少しずつ知っていったのです。

当時はアフリカの貧困を取り上げるものが多く、
同じ人間やのに、こんなひどい目にあってる人たちがいるんやと悲しくなりました。

難しいことはわからず、ただただ悲惨な写真や映像だけで判断していました。

「こんなつらそうで、生きててもしかたないんとちゃうやろか。」
「死んだほうがええんとちゃうやろか」
「こんな人らなんで生まれてくるんやろ」と、ひどい考えも浮かびました。

思えばこれが、貧困、福祉について知ろうとした出発点だったと思います。


そして、今、思うこと。

福祉は偽善でも、助け合いでも、優しい人がすることでも、善行でもありません。

社会の責任です。

人としてあたりまえに手にいれるはずだったものを手にいれてもらう、社会にはその責任があるのです。

「かわいそうだから」という問題ではないのです。

かわいい余談ですが、マザーテレサが来日した際、彼女は「貧困は日本にもある」と心の貧しさにもふれました。


ながながと読んでいただき、ありがとうございました。

まいどです^^/




posted by 4 at 23:17| 鹿児島 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 福祉について一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「福祉は社会の責任」
takaさんのコメント なるほどぉ〜と何度も読み入ってしまいました。

私にとってのホワイトバンド それは、ホワイトバンドデーが終わってから腕にはめた。
きっと、これが私にとっての意味だと思います。
これからずっと、どんな時にも忘れずに 世の中のいろんな事に目を向けること。
私は これから どんな生き方が出来るのかな。
どんな生き方をしてゆこうかな。
って いろいろ考えるきっかけを ありがとうです takaさん!
Posted by mako at 2005年09月13日 20:13
makoさんへ

なんともコメントしにくい記事だと思うのですが、お返事ありがとうございます!

最近では、障害をもつ人のことを障害者と呼ばずに「チャレンジド」と呼ぶようになってきています。

チャレンジドとは「神さまから挑戦することを与えられ、克服していく人たち」というポジティブな意味。

田舎ながら、名瀬にもチャレンジドショップがあります。

で、なんでこんなことを書いたかというと、makoさんのコメントを読んでいて、自分の生き方を考え、自分で選んでいく人たちもチャレンジドだな〜と感じたからでした^^

Posted by taka at 2005年09月14日 18:39
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/6851947

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。